スクリーニングもアイデアも加速!抗体医薬品開発で活躍するハイスループット解析
がん領域をはじめ、多様な疾患治療の柱となりつつある抗体医薬品。その研究開発では多くの工程においてスクリーニングが必須となる。国産初の抗体医薬品アクテムラを開発し、抗体医薬品の国内No.1のシェアを誇る中外製薬は、約2週間で1000検体の抗体改変体を作製・評価する独自のスクリーニングシステムの構築、抗体の血中滞留性向上や疾患部位特異性向上を実現する抗体エンジニアリング技術といったテクノロジーで新たな抗体のスクリーニングや改変を進めている。近年はさらなるスピードアップが求められるようになり、結合カイネティクス解析のハイスループット化を実現するべくザルトリウス社の Octet Systems を導入した。
ザルトリウス社の生体分子間相互作用解析システム「Octet Systems」は、2005 年にForteBio社から発売されたバイオレイヤー干渉法(Bio-Layer Interferometry:BLI)と Dip and Read アッセイによって、生体分子間の相互作用をラベルフリー、リアルタイムに測定・解析が可能なオートメーションアッセイシステムだ。拡大する抗体医薬品市場で求められる高速・高効率化にOctetがどのように活用されているのか、中外製薬バイオ医薬研究部の川添明里氏にお話を伺った。
中外製薬バイオ医薬研究部 川添明里氏
抗体医薬品開発において、どういったところを手がけておられるのでしょうか。
主に抗体のスクリーニングと初期CMC開発に関するデータ取得を担当しています。リード抗体を取得し抗原に対する結合能を上げる改変や、医薬品として製造する過程で安定に取り扱える、あるいは病院や患者の手元に届いてからも使いやすい薬にするための改変を行います。抗体医薬品の場合はアミノ酸改変ですが、1つのアミノ酸を変えるだけでも抗体の性質は大きく変わり、結合の活性は上がっても、保存中の安定性が悪くなることもあるため、こうしたパラメータを広く取ることで活性も安定性もよい、最もバランスのいい組み合わせの配列で抗体医薬品の候補を作っていきます。その過程で発生する結合能や、保存安定性を網羅的にデータ取得して評価していくのです。
私はもともとHPLCなどを使った理化学分析実験の経験が多かったのですが、2012年から相互作用解析も担当し、現在はタンパク質分析グループのグループマネージャーをしています。2012-15年はシンガポールの中外ファーマボディ・リサーチの立ち上げに携わり、そこでOctetを活用したスクリーニング系の立ち上げを経験しました。
新しい実験へのトライを後押し、高速化を実現
中外製薬では、どのような経緯で導入されたのでしょうか。
2011年頃、リード抗体を取得する動物免疫のチームが最初にOctetを導入しました。動物に免疫して生体内で抗体を作ると多種多様な抗体ができてきますが、その中から有用そうだと判断して次のステップに渡すためには簡便にキャラクタライズできて、見込みのあるものをなるべく多く拾い上げたいというニーズがあったので、スループットよく測れることは重要でした。また、動物から取ってきたサンプルは培養細胞の上清のままスクリーニングに用いることが多く、抗体以外の不純物タンパク質も含まれています。Octetは測定用プレートに準備したサンプルにバイオセンサーを浸して測定を行うため機械の中にサンプルが流入せず、測定のたびにメンテナンスをする煩雑さがないですし、流路が詰まったり汚れたりして故障するリスクも少ないです。センサーが低価格なのでシングルユースで使用できることも適しており、センサーを安定に使い回すための条件検討も省略可能という点もメリットでした。精製純度の低いサンプルの大量スクリーニングに非常にマッチしているとわかったのです。
社内でハイスループットが重視される研究チームで有用なものだとされたわけですね。川添さんのタンパク質分析機能では、どのように使用が拡大していったのでしょうか。
2015年頃から検体の数と評価にかけられる時間が大きく変化しました。この頃から周辺のさまざまな技術が進んで、2週間程かかっていた新しい改変体のデザインが1週間程でできるようになり、数百検体のデータ取得が複数プロジェクトから並行して依頼されるような状況になってきたのです。それまでは週に100検体程度をSPRを用いてじっくり計測していたのですが、同じ数を2,3日で評価するように求められるようになりました。他機能のニーズやスピードの変化には足並みを揃えていかなければなりませんから、ハイスループットな機器の積極利用を検討したのです。従来のデータと比較して同様なKDがとれるか、同じような実験のデザインができるか、同じ相互作用のレンジでランキングができるかなど確認しながらOctetの導入を進めた結果、スクリーニングに使用することで、プロジェクトのニーズやスピードの変化に対応できるようになりました。
Octetの利点は、どのようなところでしょうか。
Octetは事前の検討がしやすいため、実験のスピードが上がってきたと感じます。たとえば、結合カイネティクス解析の新しい実験をやろうと思った時に、そのデザインでうまくいくかどうかなど初期の条件検討を試すことがあります。Octetは直感的に操作ができるので使い勝手がよく、気軽に使えるのがいいですね。レディ・トゥ・ユースのバイオセンサーのラインナップも多く、ランニングコスト的に使い捨てすることも可能ですから、失敗してもリスクが少ない。「うまくいくかわからないけど、試してみようかな」と気軽に実験に取り組むユーザーが多いという印象があります。
また、SPRではセンサーチップ表面の金膜とデキストランの影響で非特異的に吸着してしまって意味のある結合が見えにくいタンパク質が、Octetのバイオセンサーには非特異的な吸着をせずに測れるケースもあります。電荷的な偏りがあるタンパク質はSPRを使うと表面に吸着しすぎて見かけの結合が強くなったり、電荷の反発で結合が非常に遅くなって実際よりも見かけの結合が弱くなったりするケースで、Octetだときれいにデータが取れることもあります。従来の方法と相性が悪そうな測定対象だと思ったらOctetで試みるようにしていますね。
リアルタイム観察ができる点を生かして、他の実験での修正すべきポイントがわかることもあります。たとえば、結合評価のELISAでは一次抗体、二次抗体と重ねていく多段階の反応を見ますが、どの段階で光らなかったのか一回の実験結果ではわからないものです。それをOctetで再現するとバイオセンサーでキャプチャーした時点だったのか、次の段階なのかなど経時的に追うことができますから、どこを直すべきかを可視化できます。
バイオセンサーのラインナップが多いことは大きなメリットだと思います。どのバイオセンサーがいちばん安定してキャプチャーできるか、同じ濃度でどれだけ多くキャプチャーできるかが違うので、必要な感度を出せるセンサーを選びたいですし、キャプチャーさせる抗体の向きを区別してセンサーを選択するなど、細かな系を確認するためにもラインナップの多さは重要です。さっと使えるようにProA, ProG, ProLをはじめ、ヒト抗体用AHC, FAB2G、マウス抗体用AMCなど、必ず一袋は在庫するようにしています。また1リガンド×1アナライトの反応を1本のセンサーで独立して測定できるため、異なる種類のセンサーを1回の測定に混ぜて使用できます。SPRでもフローセルごとに固相化することは可能ですが、再生の条件がそれぞれ違うと一気に測ることは難しく、作業に手間がかかるのでOctetの使い良さが光ります。
そしてOctet自体の非常に高いスループットと拡張性の高さにより、2012年には上流の工程での動物免疫の1回のスクリーニングで96ウェルのプレートを10枚、約1000サンプルを連続的に測ることができる環境が整っていました。プレートを自動運転で入れ替えてオーバーナイトで回すことで、抗体のエンジニアリングを始める1段階目のスクリーニングとして、1週間に2000測定が発生しても受け入れられるキャパシティを確保できます。初期のスクリーニングはバイオセンサーをシングルユースで使用しているので難しくはないのですが、再生をしながら何サイクルも測るとなると複雑な動きを考えてコントロールしなければならないので、デザインが難しくなっていきますが。
新しいコンセプトを生み出す鍵は「自動化」にある
今後、研究のさらなる加速のためには何が必要になるでしょうか。
社内では、ソフトウェアの自由度が高まるといいなという話がよく出ます。Octetは操作の直感性が飛び抜けてよく、気軽に使えるためにユーザー数やサンプル数も増え、さまざまな測定・解析にトライしたいという要望が高まっています。実際、上流の工程だけでなく、現在は複雑性が増す中流、下流でもOctetを使うようになっています。新たなトライをする際、ソフトウェアに一般的な分子間相互作用解析に縛られない自由度が広がると、これまでは難しかったより複雑な測定や解析が可能になり、研究を加速させられるのではないかと感じています。
サンプル調製やプレートアレンジを自動でできるロボットが一緒に売り出されたら、などとも思いますね。弊社では恒常的に新しい技術開発に取り組んでいるので、取りたいデータはどんどん増えています。これまでにないコンセプトのものを作り出すためには10倍、100倍の量を評価しなければならず、そのために必要なものをつくる過程もなるべく簡単にしたいというニーズが増しています。機械の使い分けも含め、テンプレートで測定を繰り返すのではなく、プロジェクトごとにパラメータの設定を少しずつ変えるなど、やることは膨大に増えているのが現状です。ロボットなどによる自動化が進めばいつでもサンプルが出せるようになって、すぐにOctetで測定していくようなことも可能になるでしょう。全自動で動かせるものはある程度ロボットなどに任せ、人は頭を働かせるというようにやりたいものです。弊社が使っている解析機器の中では、Octetの自動化が圧倒的に進んでいます。実際にサンプルクーラー-遠心機-測定までをつなげた大がかりなシステムを組んで稼働を行っている装置もあるため、今後は24時間まわすことも可能になっていくだろうという実感はあります。
AIや自動化などが進んでいく中で、研究者の役割は変わっていくでしょうか。
AIや機械学習の精度を上げるためには膨大な教師データとそれを的確に分類するアルゴリズムが必要となるわけですが、我々は限定的な情報や経験に対しても洞察を深めトラブルを回避でき、これは人間ならではかな、と思います。ディープラーニングが進めば可能になる部分もあるでしょうが、研究員は自身の専門性や過去の経験を活かして一見関連性が低いように見える事柄同士をつなぎ合わせることができています。違う専門性がつながって突飛なアイデアが生まれることもあります。弊社は研究員同士が気軽に交流して「それはおもしろそうだからやってみようよ」と試していくという風土があります。今はコロナ禍の影響で、社内で偶然すれ違って立ち話から新しいアイデアが生まれるような機会が減ったように感じていますが、偶然の遭遇からアイデアを生み出すのは、人間ならではだと思います。そうした気軽なアイデアや思いつきを実行したい、実験してみたいというときにOctetはとても向いているのです。実験の材料がそろっていれば、結果を得るまでにうまくいけば約1時間ですから、「ちょっと気になる、やってみよう」の後押しになっています。従来の方法だと、どうがんばっても1日はかかってしまうので、うまく行かなかった時の精神的ダメージが大きいんですよね。ひらめきを支える部分でもOctetはとても役立っていると感じますので、研究の幅やチャンスはかなり増えたと言えます。
手法の選択肢がなかった間は「その方法でやらねば」というマインドに縛られていたかもしれません。現場では、たとえゴールドスタンダードがあったとしても、自分たちが実際に触って使った時にそのスタンダードが正しいという実感を持てるかどうかが大切なセンスだと思います。自分たちの実験に必要なものは何か、求めるものが何かを突き詰められるか。研究者として基本の姿勢ですが、「この機械しかないから」「みんながやっているスタンダードだから」とならずに、しっかりとした経験に基づいて機械の導入や実験への取り組みをチーム全体で判断することが重要です。その時に使用経験のあるユーザーたちがリコメンドしてくれる土壌が社内にあることは、とてもありがたいですね。